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広島地方裁判所 昭和61年(行ウ)14号 判決

原告

国本清志

右訴訟代理人弁護士

中村節治

被告

広島東税務署長

石垣和信

右指定代理人

吉川愼一

外四名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が、昭和五三年三月一二日、原告の昭和五五年分及び昭和五六年分の各所得税についてなした各更正処分(いずれも審査裁決により一部取り消された後のもの)のうち、昭和五五年分につき所得額八一二万三八六〇円、税額一四九万七八〇〇円、昭和五六年分につき所得額八四五万四九三五円、税額一五三万一一〇〇円を越える部分並びに右各年度分についての各過少申告加算税賦課決定処分(いずれも審査裁決において一部取り消された後のもの)をいずれも取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、クラブソウルの名称でナイトクラブ業を営む者であるが、昭和五五年及び昭和五六年分の所得税について、被告に対し、別表一及び二の各確定申告欄記載のとおり確定申告をしたところ、被告は同表の各更正欄記載のとおり更正処分(以下、「本件各更正処分」という。)及び過少申告加算賦課決定処分(以下、「本件各加算賦課処分」という。)をした。

そこで原告は、被告に対し異議申立てをしたがいずれも棄却されたので、国税不服審判所長に対し審査請求したところ、同審判長は本件各更正処分及び本件各加算賦課処分の一部を取り消し、別表一及び二の各審査裁決欄記載のとおり裁決した。

2  原告の昭和五五年度の総所得額は八一二万三八六〇円、昭和五六年度の総所得額は八四五万四九三五円であり、本件各更正処分(ただし、審査裁決により一部取り消された後のもの)は、原告の右各総所得額を越える部分について所得を過大に認定している。

3  よって、原告は、被告に対し、本件各更正処分(いずれも審査裁決により一部取り消された後のもの)のうち、昭和五五年分につき所得額八一二万三八六〇円、税額一四九万七八〇〇円、昭和五六年分につき所得額八四五万四九三五円、税額一五三万一一〇〇円を越える部分及び本件各加算賦課処分(いずれも審査裁決において一部取り消された後のもの)の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は争う。

三  抗弁

1  推計の必要性

(一) 被告係官が、昭和五八年一二月一二日、原告の昭和五五年分、昭和五六年分等の所得税調査のため、原告の営業場所(広島市中区胡町二番一一号)に赴き実地調査をしたところ、原告は、売上金額については料理飲食等消費税領収証(いわゆる公給領収証)の控によって本件各係争年分ごとに収支明細表を作成し、これに基づき申告している旨答えたが、公給領収証控はすべて破棄され、売上の内容を裏付ける現金出納帳、日計表、請求明細書控、売上伝票等の帳簿及び原始記録も全く保存されていなかった。

(二) 被告係官が、原告の申告にかかる売上げ原価の一部を構成し、原告作成の収支明細表にも記載してある酒類等の仕入れ金額を確認するため、原告が酒類等を仕入れていた訴外有限会社五龍商店(以下、「五龍商店」という。)を調査したところ、原告には、本件各係争年分の仕入れにつき、公表帳簿に記載していた手形決済による仕入れのほかに、公表外(帳簿外)の現金による仕入れがあることが判明し、原告もこれを認めたが、五龍商店において、右現金決済にかかる買掛帳及び納品書は破棄され保管されていなかったため、原告の本件各係争年度における現金決済による酒類等の仕入金額を実額で把握することができなかった。

(三) 右調査によると、売上計上漏れがあることが推認されたが、前記のとおり売上げ及び仕入れに関する資料の保管が悪く、もしくはそれらの内容が不明確であったため、被告は、原告の本件各係争年度における酒類等の仕入金額及び売上金額を実額で把握することができなかったので、やむを得ず右両者を推計により認定し、これに基づき原告の本件各係争年度の事業所得金額を算出し、本件各更正処分を行なった。

2  被告が、算出した原告の本件各係争年分の事業所得金額は、別表三の⑤欄記載のとおりであり、その算出方法は次のとおりである。

(一) 売上原価額

(1) 原告の昭和五七年度の五龍商店からの酒類等の仕入金額は、手形決済分及び現金決済分ともに実額で把握できたが、本件各係争年度分については、手形決済分については実額で把握できたものの、現金決済分については、前記のとおり仕入れに関する資料が不備であったため、実額で把握することができなかった。

そこで、実額で把握できた昭和五七年度の現金決済分仕入金額の手形決済分仕入金額に対する割合を算出し、本件各係争年度の実額で把握できた手形決済分仕入金額に右割合を乗じて算出した額を、本件各係争年度における現金決済分仕入金額とし、これと実額で把握できた本件各係争年度における手形決済分仕入金額との合計を本件各係争年度の酒類等の仕入金額とした(その計算式は、別表四記載のとおりである。)。

(2) 本件各係争年分の年初、年末の各欄卸金額は、原告がそれらを明らかにする資料を提出しないので不明であったが、本件各係争年度における原告の事業形態にはさしたる変化が認められなかったため、年初及び年末の各棚卸金額を同額とみなして売上原価を計算することとし、右(1)において推計した酒類等の仕入金額と本件各係争年度における原告の確定申告にかかるオードブル仕入金額を合計した金額(その計算は別表三の②欄記載のとおりである。)を売上原価額とした。

(二) 売上金額

(1) 右(一)の(1)で算出した本件各係争年度における酒類等の仕入金額に、類似同業者の当該係争年度の酒倍率(売上金額を同年分の酒類等の仕入金額で除した割合で、その割合は別表六のとおりである。)を乗じて算出した金額を原告の本件各係争年度における売上金額とした(その計算式及び金額は別表五記載のとおりである。)。

(2) 右酒倍率による推計の合理性について

(イ) 同業者選定の合理性

被告は、原告に類似する同業者の選定にあたっては、被告が確認し得た原告の事業内容に基づき、その選定条件について、バー、ナイトクラブまたはキャバレー業を営んでいること、本件各係争年度を通じて韓国芸能人によるショーを行っていること、青色申告の承認を受けて確定申告をしている個人であること、事業規模が原告の売上原価の二倍以下で半分以上であることとしたうえ、右選定条件に合致する者の中から、原告と事業内容及び営業規模の類似している者を抽出していくという手順で類似同業者の選定作業を行なった。

しかし、広島税務署管内及び広島国税局管内において、原告に類似する同業者はいなかった。そこで、被告は、対象地を全国に拡大し、韓国舞踏団の斡旋をしている会社及び入国管理局において、韓国芸能人のショーを行なっている業者を把握し、前記条件に合致する類似同業者の調査にあたった結果、一〇〇件程度の同業者の中から金沢国税局管内に一件の前記条件に合致する類似同業者(以下「選定同業者」という。)を抽出した。

右選定同業者の抽出方法は、機械的に行なわれ、被告の恣意が介入する余地はなかった。

(ロ) 選定同業者との類似性

被告係官は、前記選定同業者の営業場所に赴き、その店舗等を実地に見て、同業者から事情を聴取した結果、選定同業者は、別表七記載のとおり原告と事業内容及び営業規模が類似していることが確認され、前記選定基準に合致し、右同業者に特別事情の存在も認められなかった。

(ハ) 基礎資料の正確性

選定同業者の計数は、金沢国税局長が広島国税局長の依頼に基づき、選定同業者の売上金額及び酒類等仕入金額を調査のうえ回報したものであり、選定同業者は青色申告者であるから、それから得た資料は正確で信頼できるものである。

被告が、原告の本件各係争年分の売上金額を推計するにあたり適用した酒倍率は、右選定同業者の売上金額及び仕入金額をもとに算出したものであるから正確である。

なお、対比する類似同業者が一名であるからといって、ただちに推計が合理性を欠くことにはならないし、他の推計方法をとるべきであるということはできない。

(三) 一般経費及び事業専従者控除

別表三の③、④欄記載のとおりである。

3  適法性

以上のとおりであるから、原告の本件各係争年分の事業所得金額は別表三の⑤欄記載のとおりであり、右金額はいずれも本件各更正処分の金額を上回るものであるから、本件各更正処分は適法であり、原告が、各係争年分の所得税確定申告を過少に行なったことについて、国税通則法六五条四項に規定されている正当な理由は認められないから、同法六五条一項に基づいて行なわれた本件各加算賦課処分も適法である。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の各事実は認める。但し、同1(一)中、被告主張の帳簿書類の一部は残存していた。

2  同2中、2(三)の事実は認めるがその余の事実は不知若しくは否認する。

3  同3は争う。

五  被告の主張に対する原告の反論

1  類似同業者の選定について

類似同業者は、遠隔地であると立地条件が変わる可能性があるから近隣の者を選定すべきである。被告が選定した同業者は、金沢国税局管内のものであり不当である。

また、推計に同業者率を用いる場合、同業者を多数選定してその平均的数値に基づいて推計すべきであり、ただ一人の類似同業者との比較において推計することは合理性を欠く。

本件においては類似同業者は一人しか選定できなかったのであるから本人率による推計を行なうべきであるのに、被告はその選定した一同業者の同業者率を用いて推計を行なっているもので不当である。

2  選定同業者との類似性について

原告の料金形態は、昭和五五年一月から同年五月中旬までチケット料金(入場)二〇〇〇円(ビール二本とチャームを含む。)とオードブル二〇〇〇円の合計四〇〇〇円であったが、オードブルは注文によるものでこれを除けば二〇〇〇円であった。昭和五五年六月から昭和五七年一二月まではチケット料金(入場)二〇〇〇円(ビール二本とチャームを含む。)、サービス料二〇〇〇円及びオードブル二〇〇〇円であったが、オードブルは従前どおり注文によるものでこれを除けば四〇〇〇円である。

これに対し、選定同業者はセット料金制を採用している。

また、各種料金を比較すると、リザーブのキープ料金は原告の方が一〇〇〇円高いが、水割りは二〇〇円、ヘネシー、レミーのキープ料金は三〇〇〇円いずれも原告の方が安い。

右のとおり、原告と選定同業者との間には料金形態、各種料金の差異があり、しかも、原告の料金形態の内容が本件係争年度途中において変動しているのであるから、選定同業者との類似性は認められない。

さらに、原告の営業は薄利多売であって売上金額に対する仕入金額は多く、したがって、売上倍率(売上金額を売上原価額で除したもの)は低くなる。他方、選定同業者は、原告と類似点が多いにもかかわらず、原告の売上原価額に対するその売上原価額の割合が63.3パーセントあるいは65.8パーセントと低い。これは、選定同業者が酒類を安く仕入れたか、あるいは営業不振のため仕入れが少なかったとの事情があったものと推測され、安く仕入れると売上倍率は高くなり、営業不振であれば料金がどうしても高くなる傾向があるからこの場合も売上倍率は高くなる。原告及び選定同業者にはいずれにも右のとおり特殊事情が認められ、両者の類似性は否定される。

3  選定同業者の酒倍率の適用について

(一) 被告は、原告の本件各係争年中の料金形態が同一であることを前提に、選定同業者の酒倍率(昭和五五年につき13.37、昭和五六年につき11.41)の数値をそのまま原告の酒倍率として本件各係争年度の売上金額を推計しているが、昭和五六年の料金に比較し昭和五五年の料金が低額であるから酒倍率も昭和五五年の方が低いはずであるのに、逆に高くなっている。

(二) 原告には、酒類等の自家消費という特殊性があるにもかかわらず、被告は、自家消費分を控除しない酒類等の仕入金額を基礎に売上金額を算出している。

(三) 審査裁決においては、酒倍率及び売上金額を算出するについていずれも酒類のみの仕入金額を基礎にしているのに対し、被告は酒類以外のジュース等を含めた仕入金額を基礎に酒倍率及び売上金額を算出しており、被告の右算出方法は、審査裁決における算出方法と矛盾するものである。

(四) 原告は、本件各係争年度において、ホステス一人あたりの給料を一日につき一五〇〇円ないし二〇〇〇円の割合で少なく計上して申告していたものであり、真実の所得額は申告額に比較し少ない。したがって、原告の所得額を推計するにあたっては、同業者率(選定同業者の酒倍率)を下げて適用すべきである。

4  以上のとおりであるから、被告の本件推計には合理性がない。

5  原告主張の推計方法

(一) 原告は、本件各係争年度の事業所得につき昭和五五年度八一二万三八六〇円、昭和五六年度八四五万四九三五円と主張するところであるが、右事業所得額は以下の推計方法により算出したものである。

すなわち、国税不服審判所が認定した昭和五七年分の原告の売上金額を原告の申告売上金額で除して得た倍率1.0715を本件各係争年分の申告売上金額に乗じて得た額を各売上金額とし、同じく国税不服審判所が認定した昭和五七年分の原告の売上原価額を原告の申告した売上原価額で除して得た倍率1.29を本件各係争年分の申告売上原価額に乗じて得た額を各売上原価額とし、本件各係争年分の所得金額を算出した。

(二) 右推計方法は、以下の理由により被告主張の推計方法よりも合理性がありかつ妥当である。

(1) 右推計の基礎とした原告の昭和五七年分売上原価額は、国税不服審判所及び被告において把握した実額である。

また、国税不服審判所は、原告の昭和五七年分の売上金額を実額である酒類の仕入金額に選定同業者の昭和五七年分の売上(酒)倍率11.5を乗じて算出したもので、売上金額算出方法としては最も次善のものである。

したがって、原告の昭和五七年分の右売上金額に対する売上申告額の倍率1.0715、同年分の右売上原価額に対する申告売上原価額の倍率1.29はいずれも正確であり、右倍率を用いた原告の前記推計には合理性がある。

(2) 申告に脱漏があるとしても申告額は売上金額にしても売上原価額にしても実績の増減にかけ離れたものではなく、これに比例してなされているものとみるのが自然であり、申告額に倍率を乗ずるというのが実情に添うものである。

(3) 右は本人率による推計であり、本人率による推計が最も真実に近い数字を算出できる。とりわけ、類似同業者が一人の場合は本人率によるべきである。被告は、前記のとおり原告と選定同業者との間に個別的類似性が決してあるとはいえないにもかかわらず、安易に同業者率を用いて間接的かつ迂遠な二重の推計をしている。

(4) 事業所得は、特別の事情のないかぎり各年概ね平均するものである。本件係争年度においては物価指数もほとんど変動がなく、特別の事情も認められないから、変動幅の少ない原告の推計結果は常識に合致し合理性がある。

(5) 原告の推計方法は、直接資料に近いものを基礎とし金額も低額である。二つ以上推計方法がある場合は、直接資料により近い資料を基礎とする方法を採用すべきであり、この点につき差異のない場合は得られた数額の低いものすなわち納税者に有利な方法を選択すべきである。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1の事実(原告の事業内容、昭和五五年及び昭和五六年分所得税についての確定申告、更正決定等、異議申立て、同決定、審査請求、同裁決の各内容)は当事者間に争いがない。

二抗弁について検討する。

1  抗弁1(推計の必要性)について

抗弁1(一)中の、帳簿及び原始記録をまったく保存していなかったとの事実を除くその余の事実及び同1(二)、(三)の各事実は当事者間に争いがなく、〈証拠〉によると、原告は、本件各係争年度における酒類等の仕入金額及び売上金額を実額で把握することができるような帳簿類を保存していなかったことを認めることができる。

〈証拠〉をもってしては右認定を左右することはできず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

前記争いのない事実と認定事実によると、本件各係争年度における酒類等の仕入金額及び売上金額について、推計によってこれを認定する必要があったと認めることができる。

2  抗弁2(事業所得の算出方法及びその合理性)について

(一)  売上原価額について

(1) 〈証拠〉及び弁論の全趣旨によると、被告係官は、原告の本件各係争年度の酒類等の仕入金額を把握するため、原告の酒類等の仕入先である五龍商店において反面調査を実施したこと、右調査により、同店において昭和五五年一月から昭和五八年九月までの原告の公表帳簿記載の酒類等の仕入金額に見合う売掛帳及び昭和五七年一月から昭和五八年九月までの原告が公表帳簿外で仕入れた酒類等がA名義で記載されている売掛帳の存在が確認されたこと、五龍商店における売掛帳によると昭和五五年から昭和五七年までの各年度における手形決済分仕入金額が別表四の①欄記載のとおりであり、昭和五七年度の現金決済分仕入金額が同表の②欄記載のとおりであること、昭和五七年度における右現金決済分仕入金額の手形決済分仕入金額に対する割合(以下「現金決済分仕入割合」という。)を、右調査によって明らかになった数値に基づき算出すると同表③欄記載のとおりであることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(2) 被告は、本件各係争年度における酒類等の手形決済分仕入金額に前記昭和五七年度の現金決済分仕入割合を乗じて算出した額を当該年度の現金決済分仕入金額とし、手形決済分仕入金額に右算出した現金決済分仕入金額を加えた額を酒類等の仕入金額とし、これに原告が確定申告により申告したオードブルの仕入金額を加えて本件各係争年度における原告の売上原価額を算出した旨主張するので、右算出方法の合理性につき検討する。

本人率を用いて所得金額あるいは仕入金額を推計する方法は、当該納税者の特殊事情が著しくて他の比率を用いるのが適当でないか、あるいは他の比率を用いるための資料が得られない場合に用いられる推計方法である。

被告主張にかかる原告の酒類等の仕入金額の算出方法は、実額で把握できた原告の昭和五七年度の手形決済分仕入金額と現金決済分仕入金額に基づき算出した本人率である前記現金決済分仕入割合を用いて酒類等の仕入金額を算出するものであるが、原告が、酒類等の仕入れについて、手形決済分については公表帳簿に記載し、現金決済分については公表帳簿に記載していなかったことは当事者間に争いのないところ、右手形決済分と現金決済分との割合は、原告の独自の判断に基づいて行なわれたものというべきであり、右は原告の特殊事情というべきであって、右割合につき他により合理的な比率を求める資料の存在も認められないのであるから、前記本人率による酒類等の仕入金額の推計には合理性があるというべきである。

また、〈証拠〉によると、原告は、オードブルの仕入れについては現金で決済し、その領収書に基づいてすべてを帳簿に記載しており、納税申告においては右記載にもとづいてオードブルの仕入金額を算出していたことが認められ、右事実によると、本件係争年度におけるオードブルの仕入金額は、原告の申告にかかる仕入金額(別表三の②欄にオード代として記載の金額)と同額であったと認めるのが相当である。

したがって、本件各係争年度における原告の年初、年末の棚卸高に差異があると認めるに足りる特段の事情が認められない本件において、前記のとおり算出した酒類等の仕入金額と原告の申告にかかるオードブルの仕入金額を加えた額を本件各係争年度における原告の売上原価額とすることには合理性があるというべきである。

以上のとおり、被告の前記売上原価額算出方法には何等違法はないというべきであるから、本件各係争年度における原告の売上原価額は被告主張の算出方法によって算出した別表三の②欄記載の金額であると認めるのが相当である。

(二)  売上金額について

(1) 〈証拠〉及び弁論の全趣旨によると以下の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

被告は、前記のとおり、原告の本件各係争年度における所得額が実額で把握できなかったことから、同業者率により右所得額を推計することとし、①バー、ナイトクラブ又はキャバレー業を営む者、②青色申告により所得税の確定申告をしている者、③本件各係争年度において韓国芸能人のショーを行なっている者、④事業規模が原告の売上原価額の倍以下で半分以上の者(いわゆる倍半方式)、という条件で類似同業者の抽出作業を行なった。しかし、韓国芸能人によるショーを行なうという原告の事業形態の特殊性から、広島東税務署管内にも広島国税局管内にも右条件に適合する類似同業者はいなかった。そこで、被告は、調査範囲を全国に拡大し、関係機関に調査依頼を実施したところ、金沢国税局長から前記条件に適合する類似同業者(被告主張の選定同業者)一名が存在する旨の回答が得られた。選定同業者の本件各係争年度における売上金額、酒類等の仕入金額、右数値をもとに算出された酒倍率は、別表六記載のとおりであった。

被告係官は、右金沢国税局管内で抽出された選定同業者の営業場所に赴き、その経営者に面接して選定同業者の営業規模、営業形態、立地条件等の調査を行なった。その結果を原告のそれと比較すると、概略別表七(ただし、料金形態を除く。)記載のとおりであった。

なお、係争年度における原告の料金形態は、昭和五五年一月から同年五月一四日までは一枚二〇〇〇円のチケット制で、一人ビール二本でチケット一枚、オードブルはチケット一枚、昭和五五年六月から昭和五七年一二月半ばまで、サービス料、チャージ、ビール二本でチケット二枚四〇〇〇円で、他は従前どおりであり、選定同業者の料金形態は、本件各係争年度を通じてセット料金制をとり、その額はオード代二〇〇〇円を含めて六六〇〇円程度であった。

(2) 被告は、前記算出した原告の酒類等の仕入金額に選定同業者の当該年度の酒倍率を乗じて本件各係争年度における売上金額を推計した旨主張するので、右算出方法の合理性について検討する。

前記(1)認定事実によると、選定同業者の抽出基準には合理性があり、その抽出作業は正確で、被告の思惑、恣意の介在が認められず、前記酒倍率算定に用いた選定同業者の売上金額等の数値は青色申告書に基づき金沢国税局長が回答してきたもので正確であることが認められる。

また、原告と選定同業者との類似性についても被告係官の調査結果によると、右両者間には選定同業者を比準同業者とすることを不合理ならしめるほどの差異がなく類似性が認められる。

ところで、推計に用いる同業者率は、普遍性と合理性が肯首できるものでなくてはならず、同業者の個別性を平均化するに足る類似同業者数が得られることが望ましいが、選定条件に合致する同業者がいない場合には、前記選定条件に合致するほか、同業者の類似性について十分な裏付調査が行なわれ、かつ同業者に関して得られた資料が正確であれば、一同業者の比率によって推計することも許されると解するのが相当である。

被告の前記売上額の算出方法は、金沢国税局管内で抽出された一同業者の比率を用いて推計するものであるが、前記認定のとおり右同業者は、前記選定基準に合致し、かつ被告係官が選定同業者に対して行なった前記類似性に関する裏付調査の結果に基づき、原告と選定同業者との事業形態、事業規模等につき比較検討すると、両者には類似性が認められ、また、選定同業者の酒倍率を算出するのに用いた売上金額等の数値も正確であることが認められるところ、前記認定のとおり原告の事業形態の特殊性から比準同業者として一同業者しか抽出できなかったことも考慮すると、右一同業者との対比により売上金額を推計することも許されるというべきである。

(3) 右認定説示に反する原告の前記被告の売上金額算出方法に対する主張は採用できないところであるが、なお、原告の主張の主要部分につき付加判断する。

(イ) 原告は、遠隔地の同業者とは立地条件が異なるから、金沢国税局管内の同業者を比準同業者とするのは不当である旨主張する。

しかしながら、遠隔地の同業者であったとしても、前記認定のとおり、被告係官が選定同業者の営業場所に赴き、立地条件について調査した結果によると、ともに繁華街にあるなど立地条件に関しても原告との類似性があることが認められ、他に立地条件に関して、原告との類似性を否定すべき特段の事情も認められないのであるから、右原告の主張は採用できない。

(ロ) 原告は、原告と選定同業者の料金形態及び各種料金の差異をもって両者の類似性を否定するものである旨主張する。しかしながら、同業者率によって推計を行なう場合でも、原告と選定同業者とが全く同一の条件下にあることは必要ではなく、あくまでも近似値による推計を行なうものであるから、原告または選定同業者の特殊事情と認められるものであっても、その推計を不合理ならしめる程度の特殊事情と認められない限り考慮する必要はないものというべきである。原告と選定同業者との料金形態及び各種料金の差異は前記認定のとおりであるが、その差異の程度では未だ被告の本件推計を不合理ならしめる程の特殊事情ということはできないというべきである。

(ハ) また原告の料金形態の内容が本件係争年度途中において変更されていることは前記のとおりであるところ、原告は、右事情も選定同業者との類似性を否定するものである旨主張する。しかし、その変更も一部の変更にすぎないこと及び料金形態の変更に伴い原告において事業形態、事業規模に変化があったことが認められないことから、右変更の前後を通じ同程度の売上があったものとして推計を行なうことも不合理ではないというべきである。

(ニ) さらに、原告は、薄利多売であり、売上倍率は低く、他方選定同業者には酒類を安く仕入れたか、あるいは営業不振で料金が高くなる傾向にあり、売上倍率は高くなっていたものと推測され、右原告及び選定同業者の特殊事情は両者の類似性を否定するものである旨主張する。しかしながら、前記認定の両者の各種料金を比較しても原告が選定同業者に比較し薄利多売であるとはいえず、また選定同業者に原告が主張する特殊事情があったことを認めるに足りる証拠はない。

(ホ) 原告は、原告には酒類の自家消費という特殊事情があるにもかかわらず、被告は、原告の酒類の仕入金額から自家消費分を控除しないまま売上金額を算出しているので不当である旨主張する。

しかし、原告と同業種にあるものにおいて自家消費があることは容易に推測できるところであり、自家消費があることのみをもって特殊事情ということはできない。

〈証拠〉によると原告においても酒類の自家消費があったこと、自家消費分を帳簿上明確にしておらず、本件各係争年度における原告の酒類の自家消費額が明確でないことが認められ、原告において酒類の自家消費が他の同業者に比べ特に多かったことを認めるに足りる証拠はない。したがって、原告の酒類の自家消費も他の同業者と同程度であったものとして扱うことも許されるというべきである。そして、〈証拠〉及び弁論の全趣旨によると、選定同業者にも他の同業者と同程度の酒類の自家消費があったが、帳簿上その額が明確でなく、酒類の仕入金額から自家消費分を控除することなく仕入金額として申告していたことが認められるところ、被告は、自家消費分を控除しない右選定同業者の仕入金額をもとに算出した酒倍率を前記原告の酒類等の仕入金額に乗じて売上金額を推計しているのであるから、右被告の推計方法が不合理であるとはいえない。

(ヘ) 原告は、審査裁決において同業者の酒倍率及び原告の売上金額を算定するにあたり、原告の酒類のみの仕入金額が基礎にされているのに対し、被告は酒類及びジュース等を含めた仕入金額を基礎にそれらを算出しており、被告の算出方法は審査裁決の算出方法と矛盾する旨主張する。

しかし、課税処分取消訴訟における訴訟物は当該処分の違法性一般であり、被告主張の所得額または税額が過大に認定されたものであるかどうかによりその当否が決せられるのであるから、処分庁が本件訴訟において審査裁決とは異なる理由を主張することも許されるというべきである。

(ト) 原告は、原告の料金は、昭和五五年度より昭和五六年度の方が高いので昭和五六年度の売上倍率が高いはずであるのに、被告は、昭和五六年度の方が昭和五五年度に比べ低い選定同業者の酒倍率を用いて原告の売上金額を算出しているのは不当である旨主張する。

しかしながら、酒倍率は、酒類等の仕入金額と売上金額を基礎に算出されるものであり、料金の変動のみならず仕入価格の変動等その他の要素によっても影響を受けるのであり、料金の増額が直ちに酒倍率の上昇をもたらすものではないことは明らかであり、前記認定の原告における料金の変動内容及び選定同業者の本件各係争年度における酒倍率の差からして、被告の本件酒倍率の適用が不合理であったということはできない。

(チ) 原告は、本件各係争年度における従業員の給料につきホステス一人につき一日あたり一五〇〇円から二〇〇〇円程度低く申告していたので真実の所得額は減少するから、原告に適用すべき同業者率を下げるべきである旨主張する。

しかしながら、売上金額から控除すべき一般経費については、原告の申告額どおり控除されることについては前記のとおり当事者間に争いがないところであり、一般経費の増減が前記被告主張の算出方法に影響しないことは明らかであるから、原告の右主張も理由がないものである。

(4) 原告主張の推計方法について

原告主張の推計方法は、申告に脱漏があるとしても、申告額は実績に比例してなされるものであることを前提とするものであるが、申告が実額に一定の割合をもってなされるとの事実を認めるに足りる証拠はない。したがって、右原告の推計方法はその前提とするところにおいて既に合理性がなく採用できない。

(三)  原告の本件各係争年度における一般経費及び事業専従者控除額については当事者間に争いがない。

(四)  事業所得

前記のとおり被告主張の算出方法により算出された売上金額から、同様に算出された売上原価額及び当事者間に争いのない一般経費及び専従者控除額を控除すると別表三⑤欄記載のとおりとなる。

前記説示のとおり、本件各係争年度における原告の売上原価額及び売上金額の被告の算出方法には合理性があるから原告には右算出された額と同額の所得があったものと認めるのが相当である。

三以上のとおりであるから、原告の本件係争年度における所得額はいずれも本件更正処分による所得額を上回るものであることは明らかであり、被告の本件各更正処分(一部裁決により取り消されたもの)はいずれも適法であり、右所得額があることを前提になされた本件各加算賦課処分(一部裁決により取り消されたもの)もまた適法というべきである。

よって、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官出嵜正清 裁判官内藤紘二 裁判官飯田恭示)

別表七

項目

原告

選定同業者

業種

ナイトクラブ業

ナイトクラブ業

店舗場所

繁華街

繁華街

ショーの回数

一日に三回

一日に二回

客層

企業の接待利用多し

企業の接待利用多し

売上の内容

掛売り六割

掛売り六割程度

ステージの有無

無・床約三三平方メートル

(約一〇坪)

無・床約二五平方メートル

料金形態

チケット料金制

入場及びオードブル代で

六、〇〇〇円

セット料金制

オードブル代二、〇〇〇円

を含み六、六〇〇円

追加料金

ビール 一、〇〇〇円

水割り 一、〇〇〇円

酒  一、〇〇〇円

一、〇〇〇円

一、二〇〇円

一、〇〇〇円

キープ料金

リザーブ 一二、〇〇〇円

ヘネシー 二四、〇〇〇円

レミー 二四、〇〇〇円

一一、〇〇〇円

二七、〇〇〇円

二七、〇〇〇円

収容人員

三五名

三五名

店舗床面積

約一三二平方メートル

(約四〇坪)

約一一八平方メートル

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